読むことが出来ない事件 |
最近、名探偵たちの事件簿を作っていて「読むことが出来ない事件」は意外とあるんだなぁと気づいた。 名探偵が関わった事件なのに「読むことが出来ない事件」。 「語られざる事件(untold story)」もその一つだけれど、今回は、「語られざる事件」だけでなく、 意味をひろげていろいろな「読むことが出来ない事件」について書きたいと思います。 まず最初は「語られざる事件」です。 作品中でこういう事件があったという言葉があるだけで実際に発表はされなかった作品の事です。 当然「読むことができない事件」の一種です。 これはシャーロック・ホームズの例が有名です。 たとえば「この記憶すべき1895年には、トスカ枢機官の急死事件に関するあの有名な捜査−これはローマ法王の特別の依頼だった−につづいて悪名高いカナリヤ訓練師ウィルスンを逮捕−これによってロンドン東部街区の癌を除去したのだ−するなど、奇怪で突飛な事件があいついで起こって彼は多忙をきわめた。(以下略)」(ブラック・ピーター ハヤカワ文庫)です。 ここに書かれている事件は発表されていません。 この様に言及されている事件は、「シャーロック・ホームズ百科事典」(マシュー・バンソン編著)によると約100件あります。当然ですがこれは全て発表されていません。 ただし、全てが記録されていないのかというとそういうわけでもないみたいです。 「チャリング・クロスにあるコックス銀行の地下金庫のどこかに、蓋に元インド軍配属医師ジョン・H・ワトスンと私の名前をペンキで書きこんだ旅ずれのしたブリキの書類箱があるはずだ。この書類箱には、ぎっしりと書類がつまっているが、そのほとんどは、シャーロック・ホームズがいろんな時期に手がけた奇怪な事件を記録したものだ。」(ソア橋) というようにいくつかの記録は銀行の中にあるようです。 そして、この記録は世界中にいるシャーロッキアン(ホームズ研究家)や作家たちによって ワトスン博士の原稿が見つかったという形で発表されているのです。 (中にはワトスンの筆によるとは思えないような作品も多数あります。) そして、この「語られざる事件」はシャーロック・ホームズにかぎらず他の名探偵たちにもいくつもあります。 次は、一度発表されたものの消えてしまった事件です。 これは発表後に改稿されてしまったという事です。 例をあげるとアガサ・クリスティの「レガッタ・デーの事件」という作品です。 これは現在ではパーカー・パインシリーズの話になっていますが 最初はポアロシリーズの一編として発表されたのです。 その後、理由は分かりませんがポアロの部分をパーカー・パインに書き直して発表しなおしたのです。 このような例は横溝正史にもあります。 こういう場合、改稿後の作品は読めても改稿前の作品はほとんど読めないのです。 次は遺稿になってしまった作品についてです。 遺稿については、途中まで書いて作者が亡くなったしまい他の作家が後を書き足して発表する場合があります。 しかし、事件が起きて解決されないままの状態の遺稿で発表というものもあります。 チャールズ・ディゲンズの「エドウィン・ドルードの謎」などです。 これは連載途中で作者が亡くなってしまい、亡くなる前までに書いてあった部分までの連載発表となってしまったものなのです。 (当然、解決部分はないのです。) そして、世界中のアマチュア探偵たちがこの事件を解決することになったのです。 これはこれで面白いのですが正しい解答が無いので完全な作品という訳ではないですね。 次は構想のみまたは予告のみで終わった作品についてです。 原稿にはいっさい書かれずに構想メモだけの状態の物もあります。 例をあげると金田一耕助シリーズです。 このシリーズは「病院坂の首縊りの家」で終わりではなく、この後も作品を書こうとしていたみたいで 構想があったみたいです。 他にも高木彬光やの神津恭介シリーズにも、まだ書こうとしていた作品があったらしいです。 また予告だけで実際には発表されなかった作品というものもあります。 推理小説誌には、連載の予告がのる場合があり、 そこに名探偵の名前とそのストーリーについて書かれているのに作者や雑誌の都合によりそれが掲載されなかった場合があります。 どちらも作者の頭の中だけの作品ですね。 さて、最後は実際に原稿に書かれてあとは発表するだけの形になっていながら発表されなかった場合です。 これは簡単に言うと原稿を紛失した場合です。 昔は今のように簡単にコピーをとることが出来なかったのでオリジナルが一つしかなく紛失してしまうということがありました。 その例は、ジャック・フットレルの思考機械シリーズです。 作者であるフットレルは思考機械シリーズの新作十編を書きそのうち四編をロンドンに置いて残りを持って旅に出たのです。 旅の行き先はアメリカそして乗った船はタイタニック号、 作者と思考機械シリーズ新作六編は海の底にしずんでしまったのです。 その後、ロンドンに残した四編は発表されましたが残りの六編は永久に読めなくなってしまいました。 このようにいろいろな原因によって数多くの「読むことが出来ない事件」があるのです。 この他にも実際に雑誌に発表されてたのに、そのまま埋もれてしまって読めなくなった作品や連載途中で終了してしまった作品もあります。 金田一耕介シリーズの「死仮面」の一部も雑誌には発表されたはずなのですが埋もれてしまって 中島河太郎氏が書き足して出版しています。 さて最後に実は、こんな例もあります。 M・P・シールがプリンス・ザレスキーシリーズ第三作目を書いてから50年後、エラリークイーンから第一回推理短編コンテストを実施するという事を聞きました。 シールは第四作目を書き上げ原稿を郵便局に持っていく途中で倒れてしまい、気づいたのは病院のベットの上。 原稿はそのまま紛失してしまったのです。 ところが作者が亡くなって数年後に古書店にM・P・シールの手書き原稿が入ったのです。 エラリー・クィーンがそれを入手して調べるとなんと紛失していた原稿だったのです。 紛失した原稿がみつかり発表されたというめずらしい例です。 さて、 ザレスキー第四作目は特殊な例ですけれど これから先ひょっとして「構想メモがみつかった。」「遺稿が保管されていた。」「タイタニック号から原稿がみつかった。」なんて事があるかもしれません。 いや、あって欲しいですね。 |